2026年10月1日から、カスタマーハラスメント(カスハラ)を防ぐための措置が、すべての事業主に義務付けられます。接客業で働く人にとって大きいのは、理不尽な言動を一人で抱えるのではなく、上司への引継ぎ、相談、事実確認、被害後の配慮、悪質な事案への対応を会社の仕組みとして求められることです。
ただし、すべての苦情がカスハラになるわけではありません。従業員が自己判断でいつでも電話を切ったり、客を出入り禁止にしたりできる制度でもありません。正当な申入れとカスハラを分け、会社があらかじめ決めた手順で対応するのが基本です。
この記事では、厚生労働省が公表した最終指針と解釈Q&Aをもとに、対象者、現場で変わること、被害を受けたときの行動、会社が動かない場合の相談先を、働く人の立場から解説します。内容は2026年8月13日時点の公表資料に基づきます。
結論|2026年10月1日から接客現場は何が変わる?
カスハラ対策義務化の対象は、客を直接取り締まることではなく、事業主に労働者を守る仕組みを整えさせることです。厚生労働省は、改正法を2025年6月11日に公布し、カスハラ防止措置の義務化を2026年10月1日から施行すると案内しています。
施行日は「予定」ではなく確定済みです。具体的な判断基準を示す指針も2026年2月26日に告示され、同年4月24日には実務上の疑問に答える解釈Q&Aが公表されています。最新情報は、厚生労働省の職場におけるハラスメントの防止の案内で確認できます。
| 比較 | 2026年9月30日まで | 2026年10月1日から |
|---|---|---|
| 会社の位置づけ | 改正法による全国一律の防止措置義務は未施行 | 防止措置を講じることが法的義務 |
| 現場の手順 | 会社によって差が大きい | 方針と対応方法を定め、全労働者へ周知 |
| 相談 | 専用窓口がない場合もある | 窓口を定め、微妙な事案も広く受ける体制が必要 |
| 被害後 | 個人任せになる場合がある | 事実確認、被害者への配慮、再発防止が必要 |
つまり、現場での対応を個人の我慢や経験だけに任せず、責任者への交代基準や相談後の流れまで組織として整えることが求められます。なお、2026年9月30日以前も、会社の安全配慮義務や自治体の条例などが別に関係する場合があります。
カスハラ対策義務化は誰が対象?
民間企業は業種や規模を問わず対象
義務を負うのは、民間では業種や企業規模を問わず、労働者を雇用するすべての事業主です。大企業だけでなく、中小企業や小規模な店舗も対象で、接客業だけに限られません。公務員は適用関係が別になるため、勤務先の制度も確認してください。
正社員だけでなくパート・アルバイトも守られる
会社が雇用する正社員、契約社員、パート、アルバイトなど、雇用形態を問わずすべての労働者が対象です。顧客対応を担当しない部署の人にも、会社の方針と対処方法を周知する必要があります。
派遣労働者については、派遣元だけでなく派遣先にも措置義務などが及びます。一方、業務委託のフリーランスは、実態として労働者に当たる場合を除き、同じ条文による直接の保護対象ではありません。
店頭以外の電話・SNS・取引先の言動も対象になり得る
「顧客等」には、購入客だけでなく、問い合わせをした人、潜在的な顧客、取引先、施設利用者とその家族、近隣住民なども含まれ得ます。対面だけでなく、電話、メール、SNS、インターネット上の言動も対象になり得るため、コールセンター、医療・介護、交通、配送など幅広い仕事に関係します。
どこからがカスハラ?正当なクレームとの違い
厚生労働省のカスハラ防止指針では、次の3つをすべて満たす言動をカスタマーハラスメントとしています。
| 要件 | 確認する内容 |
|---|---|
| 1.顧客等の言動 | 客、利用者、取引先などからの言動である |
| 2.許容範囲を超える | 業務の性質や経緯に照らして、社会通念上許容される範囲を超えている |
| 3.就業環境が害される | 身体的・精神的な苦痛によって、働く環境に看過できない支障が出る |
カスハラになり得る言動の例
- 殴る、物を投げる、つばを吐くなどの身体的な攻撃
- 脅迫、名誉を傷つける発言、人格否定、侮辱、土下座の強要
- 商品やサービスと無関係な要求、契約内容を著しく超える要求
- 長時間の居座り、拘束、電話、同じ要求や質問の執拗な繰り返し
- 無断撮影、個人情報や性的指向などの暴露、SNSでの攻撃
回数や継続時間だけでなく、言動の強さも考慮されます。暴行や深刻な脅迫などは、1回でも就業環境を害する場合があります。
商品や接客に問題があれば、厳しい申入れでも直ちにカスハラではない
不良品の交換、契約どおりのサービス、事実に基づく説明を求めることなど、正当な権利行使や苦情はカスハラではありません。判断するときは、要求内容だけでなく、商品・サービスの問題、会社側の説明、言動の手段や程度、やり取りの経緯も確認します。
また、障害のある人が合理的配慮を求める意思表示そのものをカスハラ扱いしてはいけません。現場には、働く人を守ることと、消費者の権利や適切なサービス提供を両立させる運用が必要です。
接客業で働く人に起きる5つの変化
1.会社の方針と対応手順が事前に示される
会社は、カスハラを許さず労働者を守る方針と、発生時の対応方法を明確にし、管理職を含むすべての労働者へ周知しなければなりません。研修やマニュアルの方法は会社ごとに異なりますが、「どの段階で誰へ報告するか」が見える状態を目指すことになります。
2.上司への引継ぎや複数人対応を仕組みにできる
指針は、被害者への配慮の例として、管理職への交代、行為者と労働者を引き離すこと、担当者の変更、複数人での対応などを挙げています。これらがすべての会社で一律に必須という意味ではありませんが、会社は現場に合う保護手順を決める必要があります。
3.「カスハラか微妙」な段階でも相談できる
会社は相談窓口をあらかじめ定め、実際に起きた事案だけでなく、カスハラか判断が難しい場合や、発生のおそれがある場合にも広く対応できる体制を整えます。相談者だけでなく、現場を見た周囲の労働者が相談することも考えられます。
4.事実確認と被害後のケアが会社の対応になる
相談後は、会社が迅速かつ正確に事実を確認し、必要な保護と再発防止を行います。担当交代や配置上の配慮、産業保健スタッフとの連携、メンタルヘルス対応などが選択肢です。相談したことや事実確認に協力したことを理由に、解雇やシフト削減などの不利益な扱いをすることは禁止されます。
5.特に悪質な事案への対処方針が用意される
会社は、特に悪質な事案への対処方針と、実際に対応できる体制を整える必要があります。警察への通報、警告文、法令の範囲内での販売・サービス提供の拒否、入店禁止、法務や弁護士との連携などは具体的な対応例であり、すべての会社に同じ方法が一律に必須という意味ではありません。
体調に支障があるときは、安全の確保と勤務先への相談が先です。すぐ退職すると決め切れない段階で、仕事を続けながら別の選択肢を整理したい人は、職業訓練を含めた相談の進め方も確認できます。

カスハラを受けたとき、その場でどう動く?
身の安全を優先し、決められた責任者へ引き継ぐ
暴力、物を投げる行為、具体的な危害の予告などがあれば、安全な距離を取り、周囲や責任者へ知らせてください。緊急の危険がある場合は110番、緊急ではない警察相談は#9110が選択肢です。
危険が差し迫っていない場合も、会社が定めた時点で責任者へ報告し、必要なら担当を交代します。自分だけで高額な返金や例外対応を約束せず、会社のルールに沿って判断を上げることが大切です。
客の言動と自分の対応を事実ベースで記録する
相談や事実確認に備え、次の情報をできるだけ早く残します。
- 発生した日時、場所、対応した媒体
- 客の要求と、実際に言われた言葉や行為
- 商品・サービスの状況と、それまでの説明
- 同席者、目撃者、責任者へ報告した時刻
- 通話履歴、メール、チャット、業務システムの記録
- 動悸、不眠、けがなど心身への影響
録音や電話の打切りは会社の手順を確認する
録音・録画は事実確認に役立つ場合がありますが、個人情報の取扱いや利用目的の周知が関係します。従業員個人による無断録音を一律に勧めるのではなく、会社が用意する記録手段と手順を確認してください。
一定時間説明しても要求が繰り返される場合の退店要請や電話の終了も、厚生労働省が示す対応例です。しかし、従業員に新しい一律の「接客拒否権」が与えられるわけではありません。現場で迷わないよう、会社が基準と決裁者を決めておくことが重要です。
会社が対応してくれない場合はどうする?
相談した日時と会社の回答を残す
まず、直属の上司、指定された相談窓口、人事・労務、別の管理職、労働組合など、使える社内ルートへ相談します。口頭だけで終わらせず、相談日、伝えた内容、会社の回答、実際に取られた措置を記録しておくと、経過を説明しやすくなります。
厚生労働省の解釈Q&Aによると、個別の行為がカスハラかどうかを労働局が判定するのではなく、まず事業主が事実を確認し、必要な措置を判断します。だからこそ、「カスハラと認めてほしい」だけでなく、何が起き、就業環境にどのような支障が出ているかを具体的に伝えることが重要です。
都道府県労働局や総合労働相談コーナーへ相談する
会社が相談を受けない、相談後に不利益な扱いを受けた、必要な対応が進まない場合は、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)へ相談できます。どの制度の窓口か分からないときは、厚生労働省の総合労働相談コーナーも利用できます。無料で、プライバシーに配慮され、匿名での相談も可能です。
2026年10月1日以後は、労働局長による紛争解決の援助や、紛争調整委員会による調停の対象にもなります。けがや強い不調がある場合は医療機関へ、暴行や脅迫など犯罪に当たり得る緊急事案は警察へ相談してください。
環境が変わらないなら、働き方を見直す準備も進める
義務化後も、制度が現場に根付くまで時間がかかる会社はあり得ます。相談と記録を続けても安全に働けない場合は、転職や学び直しを含めて出口を準備することも選択肢です。接客以外へ移りたいときは、職業名の印象だけでなく、求人、必要スキル、訓練後の就職先から逆算してコースを比較してください。

カスハラ対策がある職場を見分けるチェック項目
2026年10月以降は、「カスハラ禁止」と掲示してあるだけでなく、実際に使える仕組みがあるかを求人応募や面接で確かめる視点が大切です。
- 一人勤務になる時間帯と、緊急時の連絡先が決まっているか
- 上司や責任者へ交代する基準が明確か
- 長時間電話、居座り、無断撮影などへの対応手順があるか
- 相談窓口と、相談後の事実確認の流れが周知されているか
- 通話や対応履歴を会社の仕組みで記録できるか
- 被害後の担当変更、休養、メンタルケアなどの配慮があるか
- 新人だけに難しい客を任せず、研修や複数人対応があるか
面接で「トラブル時はどなたに引き継ぎますか」「一人勤務中の緊急連絡はどうなっていますか」と聞けば、制度が実務に落ちているかを確認しやすくなります。答えが具体的な職場ほど、現場任せにしない可能性があります。
接客経験を生かしつつ、顧客対応の比重が低い職種や人手需要のある分野へ移る方法もあります。長く働ける分野を探すときは、将来性だけでなく、自分が避けたい働き方と求人条件の両方で候補を絞りましょう。

義務化されても変わらないこと・誤解しやすいこと
顧客個人に新しい罰金を科す制度ではない
今回の改正の中心は、事業主の雇用管理上の義務です。カスハラをした顧客に対し、新しい罰金や反則金を自動的に科す制度ではありません。ただし、顧客等にもカスハラへの関心と理解を深め、労働者の就業環境を害さないよう言動に注意する努力義務が設けられます。暴行、傷害、脅迫、名誉毀損などに当たれば、既存の刑事法や民事上の責任も別に問題となります。
対策をしない会社に直ちに20万円の罰金が科されるわけではない
厚生労働大臣などは、義務を果たさない事業主に助言、指導、勧告を行い、勧告に従わない場合は公表できます。20万円以下の過料が定められているのは、行政から必要事項の報告を求められたのに報告しない、または虚偽の報告をした場合です。「対策が不十分なら即20万円」という説明は正確ではありません。
客への掲示や全件録音が一律に必須になるわけではない
客へ会社の方針を周知することや、録音・録画、研修、警告文などは有効な方法ですが、すべての会社に同じ形式を一律で求めるものではありません。必須なのは、指針に沿った内容を備えることであり、具体的な方法は業種、規模、現場の状況に合わせて設計されます。
よくある質問
カスハラ対策義務化はいつからですか?
2026年10月1日からです。改正法だけでなく、施行日を定める政令、最終指針、解釈Q&Aまで公表済みです。
小さな店や会社も対象ですか?
民間では、業種や企業規模を問わずすべての事業主が対象です。従業員数が少ないことを理由に義務が免除される制度ではありません。
パート・アルバイトも相談できますか?
はい。雇用形態を問わず、会社が雇用するすべての労働者が対象です。会社はパート・アルバイトにも方針や相談方法を周知する必要があります。
暴言を受けたら、自分の判断で電話を切れますか?
法律によって一律に自由な電話打切り権が生まれるわけではありません。会社が定めた対応基準に沿い、責任者へ引き継いで判断するのが基本です。身の危険があるときは安全を最優先にしてください。
SNSへの書き込みや無断撮影もカスハラですか?
内容や態様、就業環境への影響によっては該当し得ます。電話やSNSなどオンライン上の言動も対象になり得ますが、3つの要件と経緯を踏まえて個別に判断します。
相談したことでシフトを減らされることはありますか?
相談したこと、事実確認に協力したこと、労働局への援助や調停を申し出たことなどを理由とする解雇その他の不利益な取扱いは禁止されます。実際にシフトを減らされた場合は、その前後の記録を残して社内窓口や労働局へ相談してください。
カスハラ対応を録音してもよいですか?
会社の記録手段と規程を確認してください。録音は事実確認に役立つ一方、個人情報の取扱いと利用目的の周知が関係するため、無断録音を一律に勧めることはできません。
会社が何もしてくれない場合、どこへ相談できますか?
勤務先の別の窓口、人事・労務、労働組合に加え、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)や総合労働相談コーナーへ相談できます。暴行や脅迫など緊急性がある場合は警察へ連絡してください。
ハローワークで次の仕事や訓練を相談するときの伝え方
転職を考える場合は、「接客が嫌」とだけ伝えるより、避けたい条件を具体化すると相談が進みます。たとえば、一人勤務、クレーム一次対応、長時間の電話、夜間の顧客対応を避けたい一方、説明力や事務処理力は生かしたい、と整理します。
職業訓練を検討するなら、退職前でも情報収集は可能です。受講時期、雇用保険、生活費、希望職種の求人条件をまとめてハローワークへ相談すると、コースありきではなく就職から逆算できます。

まとめ|義務化後は「一人で耐える」から「会社の仕組みで守る」へ
2026年10月1日から、民間では業種や規模を問わず、すべての事業主にカスハラ防止措置が義務付けられます。会社には、方針と手順の周知、相談体制、事実確認、被害者への配慮、再発防止、悪質な事案への対処方針、プライバシー保護と不利益取扱いの禁止が求められます。
働く人は、勤務先の相談窓口、責任者への交代基準、記録方法を施行前に確認しておきましょう。被害を受けたら日時や言動を残し、安全を確保して社内へ報告します。会社が動かない場合は、労働局など外部窓口も利用できます。
一方で、正当な苦情までカスハラにする制度でも、従業員が自己判断で必ず接客を打ち切れる制度でもありません。働く人の安全と顧客の正当な権利を両立させるために、現場任せではない具体的なルールがあるかを確認することが大切です。

